私の思い出のプレー

2010年12月30日 (木)

最終回 若林恭志

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私の思い出のプレーは今年の夏に行われたパパス坏でのシュートです。右のMFで出場した際、DFのクリアしょうとしたボールをインターセプトしドリブルで少しかわしてシュートするとボールがゴールに吸い込まれてくれました!ラッキーでした。いつもならバックパスでボールを落とそうと周りを探すのですが、たまたまその時は相手DFを前にして必死でプレーをしたからも知れません。その日は他試合でも得点する事が出来てチームに貢献できて、何かが自分に舞い降りてきたいい日でした!
最近では、先日の国立との練習試合でFWで出場し際のプレーです。その時は、森さんよりいいラストパスをゴール前に送って頂き綺麗にヘディングで合わす事が出来たシュートです!
ポジションニングが悪かったり、サッカーをまだ理解出来ていないところがあります。でも、やはり続けられているのはサッカーが好きなのと、みんなが教えてくれたりして支えてくれているからだと思います。私も努力していきたいと思います。

end長らく連載しました、「私の思い出のプレー」は今回を持ちまして終了します。新年は新しいテーマでチームの雰囲気やメンバーの思いや気持ちをご紹介します。(増田)

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2010年11月14日 (日)

私の思い出のプレー」(第19回) 塩原 宏

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パードレにお世話になって、早いもので1年半がたちます。

私とサッカーとの出合いは、オランダ赴任時代に、息子がサッカーを始めた時にさかのぼります。すでに40歳を過ぎておりましたが、週末に、小学生の息子と近所のオランダ人の子供たちに交じって草サッカーを始めたのがきっかけでした。

その後、息子のサッカーチーム(日本人の)の親父チームに加わり、素晴らしい芝生の上でサッカーを楽しんでおりました。

サッカーは素人ですが、体力増進のために、日本に帰ってからも続けたいと考えており、帰国するにあたり、オランダから八王子や多摩地区のサッカーチームのHPを探しておりました。そんななかで、『サッカーを愛する方ならどなたでもOKです是非毎週一緒にボールを蹴りましょう』との増田さんのコメントに惹かれて入部しました。体験入部の日から素人の自分に優しく声をかけていただき、現在にいたっております。

思い出のプレーは、9月19日の多摩シニアトーナメントの永山ベオーニ戦です。FWやサイドバックで試合に出させていただいたにも関わらず、公式戦で結果をのこせずもやもやした状態でした。
春のトーナメント戦の時にも、最終試合で、勝てば全勝優勝という試合で、引き分けの状態でロスタイムに突入した試合がありました。その日は、家内と息子が観戦にきており、モチベーションもあがっていました。そのロスタイムに、森さんが左サイドを駆け上がり、ゴールまで切り込んできました。私は、FWとして前線に駆け上がり、ゴール前につめていました。そこに、森さんから素晴らしいセンタリングがゴロではいってきました。めずらしく、どんぴしゃでキックしそのままゴールと思いきや、あまりにも強くヒットして、ポール直撃ではじかれてしまいました。トーナメントでは優勝しましたが、とても悔しい試合となりました。
9月19日の試合では、後半からFWとして出ておりました。後半からなので体力は余裕があり、出だしからとにかく走りまわり、相手にプレッシャーをかけるように心がけておりました。この日も、コーナーからのヘディングシュート等何度かチャンスがありましたがノーゴールのままでした。後半の中番にまたもや、森さんが左サイドでボールを奪い

駆け上がってきました。私も、一気にゴールに詰め寄ると、まともや素晴らしいセンタリングがあがり、私は、そのままゴールにけりこむだけでした。

やはりゴールは気持ちがよく、本当によい思い出となりました。森さんをはじめチームの方々に温かい声をかけていただき大変感謝しております。

サッカーについては素人ゆえに、(いつも走り回っているだけで)これからも皆様にご迷惑をおかけすると思いますが、サッカーを愛する気持ちは負けないつもりですので、トレーニングに精進し、技術の向上に努力をしていきたいと思っております。これからも宜しくお願いします。
次回は、素晴らしいセンタリングでアシストしていただいた森さんにお願いしたいと思います。

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2010年10月28日 (木)

私の思い出のプレー」(第18回) 柴田智

親友柴ヒロさんにパードレをご紹介頂き早いもので1年半になろうとしています。

運動不足を感じていた頃にとても良いチームを紹介して下さいました。

おかげさまで毎週土曜日の午前中は有意義に過ごさせて頂き、柴ヒロさんをはじめパードレの皆さんに大変感謝申し上げます。

さてさて、西さんからご指名を頂きましたので私も一筆とらせて頂きたく思います。

「思い出のプレー」というよりも「思い出のシーン」になりますかね・・・

今年の夏は記録的な暑さでした。強い陽射し!ギラギラと焼け付くような8月の宝野グランドでの試合でした。

左サイドをダイナモの如く走りまくる事を仕事と思っている私は、その試合もスペースを見つけては前へ後ろへと走っていました。

・・・前半だったかと思います。

中盤から出た私への鋭いパスは相手ディフェンスの裏に抜け、コーナーフラッグをめがけて勢いよく転がっていきました。

最高のスルーパスです。

瞬時に私の脳みそは「ボールのスピード」と「自分の走力」をある公式に当てはめ「間に合う!」と判断しました。当然走り出し、相手を置き去りにして懸命にボールを追いました!・・・しかし、あと一歩のところで転々とボールは転がりタッチラインを超えていってしまったのです。 

「・・・嗚呼無念」 踵(きびす)を返すバルサのユニフォーム・・・。

同じような場面が数分後にも起こり、今度こそはと思ったのですが、またしても「届かず・・・」。

「追いつくと思ったのに追いつくことができなかった・・・」

呼吸が整うまでの時間もかかるようになり、まだまだ若いと思っていましたが、「やっぱり年にはかなわんなぁ」と体力の低下を実感させられた何ともがっかりな思い出のシーンでした。

不惑の年代も半分を過ぎて、体力の低下がますます実感してくる予感が致しますが、あまりムチを打ち過ぎずに長くサッカーを楽しみたいと思っております。

今後ともよろしくお付き合い下さい。

次回は、同じ頃にパードレに入った塩原さんにバトンをお渡ししたいと思います。

追伸

ヘトヘトになるまで走ることは大好きなので、今後も鬼のようなスルーパスを配球下さいますようお願い申し上げます。

そしてもし追いつけなければ「おいおい間に合うだろ!」と叱咤頂ければと思います。

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2010年9月15日 (水)

私の思い出のプレー」(第17回) 西 剛

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パードレに参加させていただいて、3年目となりました。

せっかく、このような機会をいただきましたので、私に関する風評をしっかりと修正したいと思います。

 ホームページで調べると、それは昨年の10月18日、多摩市シニアリーグ第3節国分寺戦でした。

 一進一退の攻防が続く中、左MFだった私は、大塚さん(?)のクロスに合わせゴール前へ。国分寺GKが、躊躇していたので、そのまま一気に落下点まで走りこみ、左足にたまたまミートしたボールがゴールに吸い込まれていきました。この試合は、1対0でパードレが勝利、まさに決勝点だったわけです。

 しかし、何故かこの得点は、パードレの中で「西のお腹に当たって入った」という、不思議な固定観念が定着しようとしています。

 この不当な評価に、異議を唱えるため、今回は科学的に立証していきたいと考えております。

反発係数(はんぱつけいすう、coefficient of restitution)は、2物体の衝突において、衝突前の互いに近づく速さに対する、衝突後の互いに遠ざかる速さの比のことである(衝突の前後での相対速度の大きさの比)。普通、文字eで示し、はねかえり係数ともいう。単位はない(無次元数)。

物体1と物体2が衝突して速度がそれぞれv1からv'1v2からv'2に変わったとすると、反発係数eは

というわけです。

とにかく、サッカーとは、手以外の全てを使って良いスポーツなので、どこでシュートしようが問題ないはず

修正が多くて、申し訳ありません。

最終的に、認められなければ、国分寺のGKに直撃インタビューも辞さない覚悟です。

 皆さんのコメントもいただきながら真実を解明していきたいと考えておりますので、証言をお願いします。

 ところで、次回は、アポ無しで恐縮ですが、驚愕の体脂肪率一桁、パードレのチーター(水前寺清子ではありません)の柴田(智)さんにお願いします。

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2010年8月15日 (日)

「私の思い出のプレー」第16回 上原重幸 

私の思い出のプレーは昨年の多摩市立陸上競技場競技場で行われた試合での事。
勝てば優勝をぐっと引き寄せる事ができるが、負けたら望み無しと言う天王山の
この試合。
同点で迎えた後半10分。優勢に試合を進めるパードレであったが、クリアボールをうまくつながれ一気のカウンター、ハーフウェイを超えたところで2対1の状況を迎えてしまう。
しかし、不思議な事にとても冷静で、相手の2人とGK川上さんのポジションに加え、相手のプレーヤーが誰なのかをすぐに確認。パスを出される方が嫌だなぁと判断し、セオリーには反するもパスコースを切って縦にドリブルしてもらう事に。私をかわした相手が川上さんと1対1になるのを横目で見ながら、一目散にゴールへ戻る。
川上さんをもうまくかわした相手FWは無人のゴールへシュート。と、ここになん
とかゴールにたどり着いた私は思いっきり足を伸ばしてスライディング。かろうじてコーナーに逃れる事に成功したのでした。

ホントは劇的なゴールシーンとか書きたかったのですが、経験が無いので書く事
ができず、地味になってしまいました。
ま、失点を少なくするのが本来の役目だし、これからも微力ながら貢献できれば
と思います。今後ともよろしくお願いします。

次は合宿をはじめチームの運営に頑張ってくれ、しかも何気に点を決めちゃう西さんお願いします。
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2010年5月 9日 (日)

「私の思い出のプレー」第15回 柴田宏之

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私がパードレに参加させていただいてからようやく1年ちょっと、まだまだ新参者で、たくさんの想い出がある訳ではありませんが、私の短いパードレ暦のなかで1番良かった事は、つい最近の多摩市春季シニア大会のベオーニ戦で、大先輩である小野さんの節目の誕生日メモリアルゴールに絡めた事です。
大塚さんからフィードされた浮き球をワントラップして、相手DFの裏に走り込んでいる柴田智さんに向けて、アウトサイドキックで送り込んだパスは自分の中では納得の出来でした。その後、柴田智さんのマイナスのナイスパスに小野さんがダイレクトで合わせナイスシュート めでたくメモリアルゴールが決まったという、全てが上手く行った出来過ぎた展開でした。
これからも、こんな思い出のプレーがどんどんと作れるように、諸先輩にならって、体がいう事を聞く限りサッカーを続けて行きたいと思っています。
サッカーばかりやっているので嫁と娘には呆れられand諦められてますが、(T-T*)…
とにかく、毎週末にサッカー好きの仲間とサッカーが楽しめる事をとてもありがたく思っています。
これからも、末永く一緒に球蹴りをさせてください、よろしくお願いします。m(_ _)m

次回は、チームに安心感を与えるシニアコーチの上原さんにお願いします。(^_-)☆

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2010年4月27日 (火)

「私の思い出のプレー」 第14回 橋詰 隆 

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パードレに入部させて頂いてちょうど2年がたちました。
中学校にサッカー部がなく、ずっとやりたいと思っていたサッカーでしたが、まさかこんなにはまるとは思ってもみませんでした。

さて、いまだに素晴らしいプレーは記憶にありませんが、最初に出させていただいた試合は今でも覚えています。
初心者同然で入部した私ですが、いきなり2年前の4月29日のグリーンカップに出場させて頂きました。その最初の試合の相手は宿敵多摩シニアで左SBで出させていただきました。

試合は竹尾さんの素晴らしい左足のシュートがサイドネットに突き刺さり1点をリードしていました。このころはどう動けばいいか、どこに蹴ればいいのか何もわからず、初めての試合で緊張して頭は真っ白。自分のところにボールや相手が来ないことを祈りつつ、来たらとにかくどっかに蹴っ飛ばすだけのサッカーでした。ボールを離したらホッとして、周りからは出したら走れ!と怒られる(笑)
本当に長い20分だった気がします。

それから出来る限り練習に参加し、いろんなポジションを試させてもらい、結局左SBに戻ってきました。決して左足が得意なワケでもなく、それどころかほとんど右足でしか蹴れないのですが左SBを自分でも希望するようになりました。
その理由は一つ、オーバーラップして中に切れ込んでシュートを打ちたいからです!
ということで、私の思いでのプレーはこの切れ込んでの遠目からのシュートが見事に決まった時にまた書かせてください(笑)それまで精進を続けたいと思います。

次回は、パードレのメッシ柴田(宏)さんよろしくお願いします!

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2010年3月13日 (土)

「私の思い出のプレー」 第14回 能瀬圭介

過去13回の皆さんの「想い出のプレー」を読ませていただきました。

そこで一言「よくぞみなさん、そこまで鮮明に覚えているなー」サッカーを始めて十数年経ちますが、自分の思い出のプレーを思い出そうにも思い出せない。これって必死にやっている証拠では?

そんなことを思いながら昨年末のシニアリーグVS稲城戦に出場する前に宣言しました。

「この試合はしっかりかみしめながら、整理しながら、記憶にとどめながらプレーします。この試合のことをHPに載せるから」

しかし無理。オフサイドのオンパレード。何回やったことか。

味方からは増田さん他、「能瀬!何やってんだ!」「早いんだよ!」「たのむよー!もう!」

相手からは「大丈夫ですかー?そんなに言われちゃって」と同情されてしまい・・・・。主審は笑いながら笛を吹いていました。

「まずい、これはまずい。みんなマジだ!」

そりゃそうです。首位を争う、天王山ですから。

でもどうにも止まらない。山本リンダ状態。どうしても体が反応してゴールに直進してしまう。もはや敵は稲城さんではなく、味方にあり自分の自制心にありの状態でした。以前、増田さんは練習前に「僕は本を読んで勉強をした。パードレはフェアープレーでいこう。そして味方チームの選手のミスを批判するのはやめましょう」と言いました。「あの時のあの言葉は嘘か?やばい。このままでは本当にやばい。」何年か前の多摩シニアの選手への正拳ヅキを喰らうかー」なんてことまで考えちゃいました。

しかしですねー。その状況に私より20数年来の友人舘野くんが心配してくれたのか、後半終了直前に珍しくドリブルで攻め上がってラストパス!「これを決めれば僕はホーロー、いやヒーロー!」

決めちゃいました。舘野から初めてパスをもらったような気がします。持つべきものはやはり友達。他の選手となら抱き合って喜びますが、なぜかお互い照れてしまって抱き合うこともなく・・・。ホントに窮地を救ってもらっちゃいました。終了後、「皆さん、言いすぎです!」とここぞとばかりに言い返すと、一斉に「能瀬なら大丈夫。おまえは本当にしょうがない!」と・・・。これが私が1番よく覚えている思い出のプレーです。

お次はある時はピアニスト、またある時はパードレのこま犬こと橋詰さん、4649お願いしまーす!

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2009年11月10日 (火)

「私の思い出のプレー」 第13回 高石義一

わしがパードレに入部して早いもので10年近くが経過しました。その間、思い出に残る珍プレーや好プレー、自分の得点シーン等様々かつ多々ありますが、その中から一番印象に残っている(今でもはっきり思い出せる!)忘れられない一本の最高級なスルーパスを選びたいと思います。
3年前の多摩市O-30大会。当時30歳だったわしはある目標を成し遂げるべく試合に挑んでいました。その目標とは
『触れば入る様なラストパスを小野さんに出して、公式戦で小野さんに得点してもらう!』
というものでした。その頃のわしは今でいうシニアチームにくっ付いて韓国合宿や嬬恋合宿に参加させてもらっていました。そして試合の際には小野さんと2トップを組む機会も多々あったのでした。別に小野さんが得点出来ないと言ってるのではありませんよ。自分が出したラストパスから小野さんに得点して欲しかったのです。
そんな中迎えた多摩市O-30大会。前半GKだった小野さんが後半はFWに入り2トップを組む機会が巡って来ました。後半も半ばを過ぎた時、その瞬間はやって来た。
相手に攻め込まれ、味方のクリアボールを自陣右サイドで拾ったわしは後ろに付いた相手を切り返しでターンし抜き去り、前を向いてドリブル。センターサークル手前付近にいた小野さんが相手DF2人と挟まれる様にゴールに向かって走り出す。後ろから追いすがって来た相手を振り切って前を見た時に小野さんと目が合った!小野さんに付いていたDF1人がわしのドリブルを止めるべく向かって来る、もう1人はオフサイドを取るべく小野さんを置き去りにしようした時、小野さんがオフサイドにならないよう一瞬止まった!(能瀬さんにはこの動きが出来ただろうか?)
その時わしには見えた。小野さんに繋がるパスコースが宝野公園の赤いグランドの上に1本の青白く光るラインとなってわしの足元から伸びているのが!
右足インサイドで光っているパスコースになぞるようにパスを出す。同時に小野さんが絶妙のタイミングで再び走り出す。DFにはギリギリ届かない、小野さんにしか届かないコースと速さ、オフサイドはない、中途半端に飛び出したGKと1対1になる小野さん。
『決めてくれ~!』
小野さんのシュートがゴールに入る。鳥肌がたった。自分が得点した時より嬉しかった。アイコンタクト、パスコース、パス速度、タイミング、全てが完璧だった気がする。何より今までに味わった事の無い、ものすごい達成感があった。
自分の得点シーンよりもこの1本のスルーパスの方が思い入れというか印象深い思い出のプレーになっています。これからもパードレの皆さんとこんな思い出を増やすべく練習に試合に頑張ります。あ~毎年の事ながら冬は……ね。

次回は中学、高校の先輩であり、パードレに入るきっかけを作ってくれた能瀬さんにお願いします。

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2009年9月 3日 (木)

「私の思い出のプレー」 第12回 舘野裕治 

 私の思い出のプレーというと、1年半前のO-30大会、多摩SC戦と鶴牧戦で決めたコーナーキックからのヘディングシュートでしょうか。どちらもキッカーは高石、僕は遠巻きに動きながらタイミングだけ間違わないように、ゴール正面のある一点に向かってジャンプ一番して会心のヘディング、シュート。入れた自分も少しはよくやったと思いつつ、入ったのは70%高石のおかげだなぁと思ってもいました。長い付き合いである高石とは、昔からCK練習でコーナーキック蹴ってもらってました。昔は球が速く重い上に最後に急激に曲がるためヘディングで当てることで精一杯、ゴール枠に狙ってなど無理無理。そこで、高石が考えたのがゴール正面ジャンプして調度いい高さの1点に向けてボールを蹴ること。僕が行うのは、その真ん中のスペースをDFに空けさせるように動く事とゴール正面一点に向けてタイミングよく飛ぶことだけと思いきや、もう一つ問題が。速さは良いがカーブがかかりすぎて僕の技術では額に当てて狙ってゴール枠に入れることは確立がぐーんと下がってしまう。そんなことにも高石は気づいたか、大会のCKに関しては速いがカーブを緩めにかけ軌道修正、僕は鶴牧戦は特にワンチャンスしかないと思い集中、真ん中のスペースを空ける為、初め真ん中に行きDF引き連れ遠巻きに外れてからダッシュ、大塚さん?か誰かがニアにDFを引き連れ真ん中が空きヘディングシュートでゴール。どちらの試合も引き分けと負けで勝利には繋がりませんでしたが、いろいろ修正を加えて決めたゴールという点においては満足感のある思い出深いゴールとなったのでした。            今年は2年ぶりのO-30大会、今回も叶うことならヘディングシュートを決め、今度は勝ちに繋がるようDF面でも頑張りたいところです。                             次回は、僕の思い出に残るプレーの立役者である高石君、お願いしま090904す。

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