気がつけばパードレでボールを追いかけて1600時間余りが過ぎていた。
34歳で入部し、今月50歳を迎える。振り返ればあっという間だった。いったい何足のスパイクを買ったのだろう。いったい何回ケガをしたのだろう。いったい何回パスをしたのだろう。いったい何点ゴールを決められたのだろう。そんなことを思い浮かべながら自分の思い出のプレーについて思いを巡らせた。
そう入部した頃に毎週よく練習したのは貝取南公園だった。このグランドで僕の草サッカー人生は始まった。一部コーナー付近に草があり、昔は芝が生えていたのかもしれない。グランドは少し狭く雨に弱い、でも乾燥している状態では平らでいいグランドだ。その貝取南公園には二つの思い出のプレーがある。ひとつは練習試合でスローインを胸でトラップしてそのまま右足のボレーシュートがサイドネットに刺さったことだ。まさに右足甲とボールの二つの芯噛みあった。気持ちがいい。当った感覚をあまり感じない。本当に芯を捉えるキックは滅多にはないことだ。自分の中で時間が止まった。まさにまぐれ当たりだった。あれ以来これ以上かっこがいいゴールは決めていないだろう。もうひとつある。それはキーパーなしでの紅白戦だった。こちらが攻め込んで相手にボールをカットされかなり長い距離を強めのインサイドキックをゴールに向かって流し込まれた。無我夢中で追いかけた。最後にゴールに吸い込まれるボールめがけて思いっきりスライディングをした。砂煙があがった。そしてゴールラインのうえで右足首を少し返した甲の内側でボールはゴールライン上で止まっていた。味方の仲間から褒められてすごく嬉しかった。たかがこんなことだが諦めないことは大切だということを改めて感じた一瞬だった。
そして貝取南公園の予約が取れないときは、時々和田公園で練習をした。小学生がよく使うグランドだ。ゴールサイズも小学生用で全体的には貝取南公園よりもひとまわり小さい。ここにもひとつの思い出がある。それはパードレ衰退期だった。この頃は練習参加人数も少なく狭いグランドを持て余していた。冬の練習日でその日は少し練習前に少し雪が降りはじめた。グランドに車で到着した。グランドには薄っすら雪が積もり始めた。もしかしたら今日はだれも来ないかもしれないと思いつつ好きなサッカーがしたいがためにグランドにでた。だが待てども待てども誰も来ない。雪は本降りになった。こんな雪の寒い日にサッカーする奴は馬鹿かもしれないと思いつつグランドにあるバックネットにボールを繰り返し蹴った。何だか涙がでてきた。サッカーが好きな仲間とグランドとボールが無いとチームは存在しないことを痛感した。和田公園の思い出のプレーは一人でやり続けたバックネットへのパスだった。
最後は、今やパードレの聖地である。宝野公園です。残念ながら特段ここでの思い出のプレーはありません。でも何よりも嬉しいのはシニアと若手の大勢の仲間と大好きなサッカーが毎週できることです。まさかいつもフルグランドで紅白戦ができるようになるとは夢にも思いませんでした。みんなで部員募集をして輪が大きくなっていった。ありがたいことです。これからも長くみんなと楽しくパードレライフをエンジョイしていきたいと思います。

みんなの自慢のチームそれがパードレです。
次は魅惑のミドルシューター竹尾さんお願いします。
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