« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月

2008年12月24日 (水)

「私の思い出のプレー」 第5回 大塚竹幸②

一年前の秋季多摩市シニア大会、多摩市陸上競技場。俺たちパードレFCは多摩シニア戦を戦っていた。

すでに、前後半を戦いスコアレスドロー。PK戦へともつれ込んだ。

俺は昔からPKは一番に蹴っていた。いや、一番に蹴ると決めていたのだ。それは、五人に選ばれた勝負の重圧を跳ね返えすのは一番のキッカーがズバット決めるのが最もいい方法だと思っていたからだ。そして、一番を蹴っていた俺は一度もはずしたことがなかった。 そして、このゲームは俺にとってパードレに参加して初めてのPK戦。 

少し、沈黙があり、「一番は俺が行く」の声がした。菅原さんだった。 「あれっ、出遅れた・・・」と思い、すかさず「じゃぁ、俺二番」。『じゃぁ、俺二番』とはなんとも消極的な。

でも、まぁ菅原さんならズバッと決めてくれるからそれを絶やさないようにすればいいかなぁ。なんて思いながら、一番にいきたかったなぁと思いつつ、増田さんには芝でのPKのキックは踏み込み足が沈むから、ボールの中心より少し上目くらいを狙って、絶対にふかさないシュートをしようと申し合わせをしていた。

そのとき、一回目の笛の音。『ガーン、はずしちゃったよぉ。』俺の予想外のことが起きてしまった。 勝利の方程式がぁ・・・。

そんでもって、俺の番。気持ちの整理をしなくてはいけないと思い大きく深呼吸をした。    このとき、既に決めていた。左サイドネットに思い切りインステップで蹴り込む事を。しかも、ゴロで。そのためには、さっき増田さんと相談していたボールの少し上を蹴ること。俺はそれに集中していた。

笛が鳴り、俺は助走に入り最後の一歩を大きく踏み込んだ。『吊った!?』振り上げた蹴り足のふくらはぎが・・・。こんな時に『ガラスの右足』が・・・

でも、そのまま気合でシュート。ボールの下目を蹴ってしまった。そして、ボールは狙いとは違いキーパーの頭の上とバーとの間だった。『やっちまった』と思いきや、俺のロナルド・クーマンばりのキャノンシュートはキーパーの両手をすり抜けてゴール!   「我ながら、なんと運のいいやつ。」 でも、チームには運がなくPK戦は負けてしまった。

時は流れ、2008年10月26日俺たちは2日間の御殿場シニアマスターズに参加し、決勝の舞台にいた。 前後半終えてドロー。 そして、PK戦へ・・・

試合終了の笛が鳴ると同時に俺は五人を決めていた。

一番はズバッと決められるやつ。 「張、おまえだ!」張は指名したら、何とも弱気な顔をした。これはまずいと思い、みんなで張を盛り上げた。そう、この状況で張しかいないのだよ。2日間のゲームをフルでこなし足腰にパワーが残っている君が一番に決めるのだ。

二番、ハビエル。彼は冷静に決めてくれるだろう。この2日間のゲームを見てもゲームメーカーとしてがんばってくれた。

三番、菅原。今度こそ大丈夫。普通にやれば何の問題もない期待の人。

四番、内藤。ハビと同じ冷静にゲームを組立、コントロールしてくれ攻守の要だった。緊張する場面でもしっかり決めてくれるだろう。

五番、俺。相手の誰かが外せば、うちの4人で終わりだから俺には廻らないかも・・・なんとも消極的。しかも、今回も一番を選ばなかった。なぜかって・・・それは最後に。

一人目、緊張している張くん。変則的な助走を取りながらシュート。左にズバッと決めてくれた。俺の予想通りだ。

二人目、ハビちゃん。南米人らしく余裕のシュートで決めてくれた。俺の予想通り。

三人目、菅原さん。あの時と同じインサイド気味のキック。枠の外だ。俺の予想外?

まずいぞ、これは。俺まで来るぞ。俺は慌ててストレッチ開始。あの時みたいにキックの瞬間に吊るなんてことはもうできない。しかも、今度は自分で決めた順番で一番目立つ五人目だぞ。

でも、すでにキーパーの魚住さんが2つ止めている。異様な盛り上がり。かっこよすぎだよ魚住!おかげで、四人目と五人目にかかる重圧はかなりのものになってしまった。

さぁ、4人目、内藤。やっぱり、あいつは冷静に右サイドにコロコロシュートで決めてくれた。

そして、敵さんも決めてしまったので、ついに俺の番。決めれば優勝という場面だ。

俺はゆっくり歩きながら、決めていた。ズバッとインステップで左隅へと・・・。

舘ちゃんから「キャプテーン」の声。女の子じゃないのかよっ、 「なんだよ。わざと緊張させるなよ。今、重要な精神統一してるんだからさ。」と思いながら、ニッコリ笑いながらみんなのほうを振り返る。審判に背番号を見せて、ボールをセット。ゴール裏には俺たちのPK戦を楽しんでいるギャラリーがズラリ集まっている。 相手キーパーの足元を一瞬見て助走に入り、最後の一歩を大きく踏み込みボールの中心の少し上を右足でインパクトした。次の瞬間、俺の狙い通りボールは低い弾道で左サイドネットに突き刺さっていた。

「勝ったぁー。カッコイーッ」

振り向きながら俺は右手を上げた。みんなが駆け寄ってきた。一番に笑顔で走ってきたのがなんと、寡黙なタイプの内藤だ。予想外。そしてみんなと抱き合う。最後に走り寄ってきたのが、増田さんだ。増田さんはもう半泣き状態だった。そして、抱き合い喜びを分かち合った。俺の大切な思い出のプレーになった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月23日 (火)

「私の思い出のプレー」 第5回 大塚竹幸①

同じ単身赴任帰りの大塚です。わたしの場合は10ヶ月でしたけどね。エ

掲載が遅れましたが、上野さんからご指名を頂いてしまったので、少々書かせて頂きますが・・・。

といっても、「う~ん、ないぞ、いいプレーが・・・」

題名が「思い出のいいプレー」ではないので、まっいっか。

サッカーはミスのスポーツということで、やっぱりミスの思い出や怪我の思い出ばかりですね。なんたって、パードレ初参加の日に水溜りに足をとられ転倒し、右ひざの靭帯を伸ばしてしまったのですから。

いいところなんかある分けなく、怪我との戦いでしたなぁ。膝が痛くない時がなく、いつも激痛を我慢して練習やらゲームをしていました。「何でそこまで?」とも思いましたが、テーマは「甦るサッカーマン」でしたから。止めるわけにはいかなかったのですゎ。

膝が痛いと、『走れない、蹴れない』わけで、痛いから苦しいより、まともにサッカーができないことが辛かったことが思い出されます。

サブテーマは『ガラスの右足物語』です。そんでもって、『甦る黄金の右足』になるまで戦いは続くのです。

そんなとき、パードレ初の海外遠征が決まりました。韓国遠征合宿です。なんと、そんな、すごいって感じでした。怪我をしていても、ゲームができなくても、なんとしてもみんなとサッカーがしたいと思い参加しました。

この合宿のすべてのプレーが思い出のプレーともいえます。宿泊しているソウル市内から高速道路で1時間以上かけて行ったグランドは高等学校のグラウンド、休日なのに学生が教室で勉強していました。そして、はじめて行ったのに『定期交流戦』の横断幕。\(゜0゜)/あれ?ムッ、来年も? (多摩市から中央道で甲府まで行った感じかなぁ。とにかく遠かった。)

そして、朝から夕方まで、サッカー三昧。『どんだけサッカーが好きなのよ。あんたたち(韓国のみなさん)。』

昼にはおなか一杯になるほどのブドウやスイカのプレゼント。(食いきれねぇー)。

夜は夜でまたソウル市内へ1時間かけて戻ると、彼らが住んでいる団地の商店街の入口に「パードレ 熱烈歓迎」の横断幕だ。『そんな馬鹿な』

日本代表と間違うような歓迎ぶりじゃあ~りませんか。どうしてそんなことができるのぉ?  そして、懇親会で食べた1人一羽の烏骨鶏のサムゲタン(蔘鷄湯)うまかったなぁ!(なんと贅沢な)

サウナとマッサージ『ちょー気持ちよかった』ということで、合宿2日間のサッカーのプレーの思いではぶっ飛んでしまいましたとさ。

でも、右足の痛さをも忘れるほどの最高の合宿だったことは間違いありませんでした。そして、思い出のプレーの凝縮でもあったのです。でも、すっかり右ひざは腫れあがっていましたけどね。

その後、ガラスの右足は8回の水抜きと6回のヒアルロン酸注射を経て2年がかりで痛みから開放されるのですが、右ひざをかばうあまり、左右両方のふくらはぎとハムストリングスの肉離れを経験し、さらに、かかとにトゲができる踵骨棘という激痛に悩まされ、最後には今年ぎっくり腰を3回見舞いました。学生現役時代にはありえない経験をしています。筋肉が鉄の鎧となっていたのにもろくも崩れていたわけです。

でも、闘志だけは失わず、最近はワコールの鎧を着て怪我に備えてあの世にもっていけるほどのいいプレーが出るように練習しているわけですぅ。

いつか、ガラスの右足から黄金の右足になる日を願って・・・081223

さぁ、次回は同じ単身赴任つながりで、ミスターパードレにお願いします。

増田さんの登場です。

みなさん期待のあの話が飛び出すのでしょうか?

増田さん、よろしくお願い致します。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年12月21日 (日)

12/20忘年会

毎年恒例のパードレ忘年会を多摩センター駅前の土間土間で開催しました。今年は参加人数が24名と例年よりも大幅に参加人数が増えました。参加メンバーの内6名が今年入部したシニアメンバーでした。その後は3次会まで大盛り上がりでした。みんなのパードレはまた団結が深まった一夜でした。0812202

| | コメント (0) | トラックバック (0)

12/7多摩市壮年部秋季大会

晴天の中、12/7(日)多摩市陸上競技場(天然芝)で開催されました。パードレは参加4チーム中2位(2勝1敗)という戦績となりました。開会式でパードレシニアの整列の風景を見ているとシニアメンバーが増えたなと実感できて本当に嬉しくなりました。これからもみんなで楽しんでいきましょう!081204_011 081204_040_2 081204_054 081204_066

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月 7日 (日)

第4回「私の思い出のプレー」上野敦良

2年3カ月の大阪単身赴任から戻り、リハビリ中の上野です。小野さんからご指名ですので第4回を書かせていただきます。パードレ一番の思い出は、やっぱり多摩市秋季シニア大会で初めて優勝できたことでしょう! シニア大会に参加し始めたころから何年続いたでしょうか、参加すれはいつも2位、準優勝といえば聞こえはいのですが参加は3チームのみ、また駄目か・・・ の連続でしたので、あの優勝の瞬間の歓喜、何物にも代えがたい一瞬で、この時ほどパードレでサッカーを続けてきてよかったと思ったことはありませんでした。ところがこのときの試合内容はほとんど覚えていないのです。ほんとに情けない気がしますが、皆さんは覚えていらっしゃるのでしょうか?しかしながら、はっきり覚えていることがあります。自分がミスして得点された時の情景はハッキリ覚えているのです。それは、6、7年前の12月のシニア大会でした。永山さんにはいつもの様に順当に勝って、多摩シニアさんとの試合でした。この試合に勝てば念願の優勝となる試合で、前半は両チームとも無得点、後半も押され気味ながら何とか無得点に抑え、わが方もチャンスは度々ありましたが、試合はすでに終盤でした。多摩シニアさんは30年も前のフォーメイションを頑固に守りぬくチームで、スイーパーを置いた4-3-3のシステムでしたので、当然両サイドに開いたFWがいます。場面はMFから右FWに縦パスが入って繋がった状況でした。セオリー通りサイドにドリブルするように位置をとり、その通りに左サイドに追い込んでいったそのとき、サイドライン付近から一瞬センタリングを上げられたのです。フワフワとしたボールが誰も詰めていないゴールの方に上がっていきました。周りが見えていないFWがセンタリングを上げたものと思い、キーパーが取るかエンドラインを割るだろうと思って振り返った時のことです、なんとボールはフワフワ~~とキーパーの頭を越えて逆サイドネットに吸い込まれていくところでした。アー!しまった!!! 苦し紛れのシュート?だったのです。 結果0-1でまたまた負けてしまったのです。 あの時、体をもっと寄せて(体を着けて)ボールを上げさせないようにすべきだった!「後悔先に立たず」とはよく言いますが、この時ほど思い知らされたことはありませんでした。これ以来、<教訓その1:>なるべく体を寄せるように心がけています。(ところが、最近は体力的にぶっちぎられる事が多くなってきました。残念)もう一つは、これも多摩市シニア大会で、確か永山さんとの試合だったと思いますが、MFからセンターBKのうらにスルーパスが入った時のことです。 これはヤバイ!と思いFWと競争状態でダッシュし、お互い90度の位置からペナルティーエリア内で同時にボールに触ったのです。相手はシュート体勢、こっちはブロック体制で右足を伸ばし(地面に45度の角度で足を出したもので消して滑っていません)ブロックに成功したその時、主審(多摩シニアの某氏)の笛が「ピー」と鳴ったのです。(シニア大会ではスライディングタックルは禁止されています。)間接FKを取られてしまったのです。「それはないだろー!」「スライディングとブロックの違いが判らなんのか!」大声で主張したかったところですが、この主審はすぐにカードを出す癖がある人なので自重しました。そう思いながらも壁を作りつつあったそのとき、突然、主審の笛が鳴り横に出されたボールをシュートされてしまいました。なんと、ボールはゴールに吸い込まれていったのです。アーアー後悔後悔!!! <教訓その2:>FKを取られた時は、主審から離れろと言われるまではボールの前に立ってすぐにキックされないようにする。あと、怪我したときのこともよく覚えています。左足の骨折2回、シュートをブロックするために左側から左足を無理に出した時(右足が正解)ヒ骨がボキッ!全治3カ月でした。また、フットサルで急に方向を変えるために内側の左足で踏ん張った時(外足が正解)踝がグショ! またまた全治3カ月でした。いずれも人体の摂理に従わず無理したときに怪我しています。体は年とともに衰えてきます。シニアのサッカーは無理しないことが大切だと最近やっと解ってきました。皆さん気をつけましょう!

皆さん「後悔先に立たず!」ですよ。とは言うものの思い切り楽しいサッカーしようではありませんか。

5回の投稿はパードレの闘魂、ファイター大塚さんにお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月 2日 (火)

高田君結婚おめでとう!

11/8(日)高田君がめでたく結婚しました。本当におめでとうございます。嬉しいな~  思い起こせば今から14年前に高田君は松尾さんの紹介で中学3年生の時にお母さんと一緒に貝取南公園に現れました。おじさんばかりのチームの中にたった一人の中学生でした。正直本当に続くのかなと思いました。しかし、振り返ってみるとこの一歩が後々パードレに大きな花を咲かせるきっかけになったのです。やがて高田君が蒔いた種は幾つかの枝に分かれました。そうですサッカーの仲間を連れてくれたのです。いつしか我々おじさん部員も毎週若いメンバーとサッカープレーする週末が何だか嬉しく日常と変わりました。そしてパードレの若手は多摩市の中では強豪になっていきました。応援する気持ちは感動です。こんな気持ちを感じられる瞬間のきっかけ与えてくれた高田君に感謝です。これからもずっとずっと一緒にサッカーをして行きましょう!いつか高田Jr.もプレーできるまで頑張るぞ2 1 Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月 1日 (月)

1月スケジュール

1/ 3(土)宝野公園    10:00-12:00
1/10(土)宝野公園     8:00-10:00
1/12(祝)貝取南公園  8:00-10:00
1/17(土)貝取南公園  8:00-10:00
1/24(土)宝野公園     8:00-10:00

1/31日(土)宝野公園   8:00-10:00

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »